【訪問看護開業インタビューVol.9】言語聴覚士が挑む独立起業「育ててくれた人たちや地域に恩返ししたいから訪問看護を選びました」前編

ケアーズの中村です。

本日は言語聴覚士(Speech-Language-Hearing Therapist:ST)、黒川清博様にお越しいただきました。

黒川様は大学をご卒業後、他県にてご家業の不動産経営と関わりあるお仕事をされていましたが、「人と直接関わり、喜んでいただける仕事がしたい」とお考えになり、言語聴覚士資格を取得されたそうです。

大学病院勤務などを経て、訪問看護ステーションの起業をお考えになるまでの軌跡をお話ししていただきました。

黒川様のインタビューを前編、後編の2回に分けてお伝えいたします。

ハウスメーカーの営業から、誰かの役に立っている“手応え”を求めて医療専門職へ再出発!!


中村:本日はよろしくお願いいたします。
まず、ご本業について教えていただけますでしょうか。


黒川様:言語聴覚士です。リハビリテーション専門職のひとつとして、病院の患者様や施設利用者様へサービスを提供しています。

以前は大学病院で働いていたのですが、訪問看護ステーション事業を展開する前段階として、これまで経験していなかった介護領域でのリハビリや運営面を習得する目的で、今は複合型高齢者福祉施設で働いております。



黒川様がSTになろうと思ったきっかけのところを教えていただけますか?

先日お聞きしたのですが、黒川様はいったんは一般社会人として働いておられたとのこと。進路を変えられた理由や経緯は何だったのでしょうか?


家業がアパート経営をしていることから、ゆくゆくは家業を継ぐことを考えて大学の経営学部を卒業した後、アパートのハウスメーカーに勤めておりました。

顧客に対してものを売るという仕事はそれなりに充実していたのですが、僕の売ったもので果たしてエンドユーザー、例えばアパートの入居者様は、本当に喜んでくださっているのかどうか? 僕にはあまり手応えを感じられなかったんです。

僕は元々、できるだけ自分の手で、自分が関わる人をサポートしたい、現状を良くしてあげたい、喜んでもらいたい、というのがベースにあったので、この業界は自分の思い描いたものとは違うと感じ始めました。

やがて僕の思い描く手応えが得られる仕事は医療や介護の分野である、と気づき、興味を持ちました。

最初は介護士などを考えて、実際に施設に見学にも行きました。でも、ずっと介護だけをする現場を見て……利用者様の状態を良くする、要はリハビリの要素がある仕事の方がやりたいと思い、リハビリについて調べ始めました。

リハビリといえば理学療法士のイメージがあったんですが、いろいろ調べていく中で、言語聴覚士という職種を知りました。

言語聴覚士を最終的に志望した理由は、ふたつあります。

ひとつには、言語聴覚士はコミュニケーション分野のほか、特にそれまではあまり注目されなかった摂食嚥下障害に対してリハビリを提供できる、新たな分野のリハビリテーション専門職のひとつだということ。

もうひとつの決め手は、資格取得までの期間です。僕は一般の四年制大学を卒業したのですが、PTやOTになるためには3年または4年養成校に通い卒業しなければなりません。

しかしSTに限って言えば、四年制大学を卒業していれば2年で免許が取れるしくみがあります。それで、言語聴覚士にしました。



大学や、勤められていたハウスメーカーさんは地元の香川県内だったのでしょうか?


いえ、県外です。

大学は京都でした。最初に就職した会社の配属先は、全国展開しているハウスメーカーさんの山口県内の支店でした。

STになるために、ハウスメーカーを辞めて地元に帰ったんですが、STを養成できる2年課程の大学は地元には無かったんです。
それで、島根県の松江市にある養成校に入学しました。



たしかST国家資格を取得された後、病院に勤務されて……北海道大学の大学院にも、通っておられたと伺いましたが?


そうです。香川大学医学部附属病院に勤務しながら、社会人枠で。
通信ではないので実際に飛行機に乗って札幌まで通っていました。
2年間学んで、修士課程を終えています。



素晴らしい行動力ですね。


いえ、たまたま北海道大学に、この方ならという先生がおられたので、師事しただけです。


病院診療の狭い世界に限界を感じ広い視野を持てる在宅医療へ――訪問看護ステーションとの出会い


黒川様の中にさまざまな思いがあり、実際に行動に移されたのは素晴らしいですね。

今回ご縁がありまして、我々が支援させていただき訪問看護ステーションを開業されることになりましたが、訪問看護にご興味をもたれたきっかけ、起業してみようと思われたきっかけはあったのでしょうか?


僕はSTになってから、ずっと医療畑で働いてきました。

最初は慢性期の病院で、ある程度時間をかけてゆっくりリハビリをすることができました。

10年前に大学病院の言語聴覚部門開設を任され、そこで働くことになりました。

最初の頃はすごくやりがいがあったんです。民間の病院から大学病院に来たわけですから。システムもしっかりしていますし、機材も、先生方も、治療方針も最新。最新の医療、最新の技術、知識、そういったものに恵まれているんですけれど……働いているうちに、とても狭い世界で自分が 完結してしまっていることに気づき始めました。

本来、リハビリテーションのためには、個々の患者さんの機能面だけではなく生活面を見なければならない。その方のお家の環境やこれまで歩んでこられた人生を知るなど、「生活」そのものに対して目を向けないといけないんです。

でも大学病院は急性期の病院ですから、その特性上、ある程度症状が落ち着いた段階で退院となってしまいます。ですから、かなり限られた時間でその患者さんを診なければならない。当然、その方の「生活」のほんの一部分しか診てあげられない。

ある意味、限界を感じたというか……もう少し広い視野で患者さんをフォローできないだろうかと、常々考えていました。



仕事としてやり遂げられない感覚が、あったということですね。


そうなんです。最後まで診てあげたい、と。
「この人、退院した後どうなっていくんやろうか」っていう気持ちでいつも送り出していたんですよね。


後半に続きます