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特別連載

「父が突然、要介護者になった」仕事の途中で入浴介助をせざるを得なくなった社長の決断

(この話は、ケアーズ訪問看護リハビリステーション橋本/株式会社うろこ屋 代表取締役 八木充史様の体験談を基に構成しています。)


働き盛りの人は、イメージしてみてほしい。 明日、自分が仕事の合間に親を介護している姿を。

その人もまた、それまでそんなイメージを描いたことはなかった。少なくとも、あの日までは。
あなたは描けるだろうか。明日、何事もなく仕事に打ち込むはずの自分が、親の介護のために仕事に専念する事ができなくなり、自宅で妻と一緒に1日中、身の回りの世話をしている姿を。

それでも、その時は突然やってきてしまう。
「家族か?仕事か?」という問いを、ここまで強烈に突きつけられるのは介護以外にはあまりないだろう。
ちょっとした病気や怪我と違い、介護は期間の目途が立たない。育児と違って徐々に手がかからなくなるわけでもなく、成長の喜びもない。
自分の親を放っておくなどあり得ないが、とは言っても仕事を何日も休むわけにはいかない。

その人は社長だった。幸いにも社長がいないと部下がまったく動かないような運営はこれまでしてこなかったので、数日間会社を休んだとしてもすぐに会社が傾くようなことはない。だが、社長不在のままどうにかなる訳でもなかった。
その社長は、経営者だからといってどんな場面でも仕事や会社を優先するという人物ではなかったし、実際に父親の世話を自分が見なければならなくなった1週間は、どうにか仕事を調整し入浴介助をした。しかし、それ以上、家族で介護を続けられる状況ではなかった。

社長の父親は脳溢血で倒れた。
一命は取り留めたが、脳溢血の多くの場合と同じように、それまで元気だったのが急に介護が必要な状態となった。
最初は社長の母親が介護にあたった。だが、いわゆる「老老介護」である。社長の母親は眼科の手術で一週間入院しなければならなくなり、介護の担い手はすぐに奥様と社長自身になってしまった。

小売・サービス業の店舗を複数持つ社長である。現場の仕事は各店舗の店長などに任せられる。しかし、社長本人でなければできない仕事もある。早期の仕事復帰を模索しない訳にはいかなかった。
そこで、母親はホームヘルパー(訪問介護員)を呼ぶことにした。
ところが、肝心の父親がヘルパーは嫌だと言うのだ。自宅療養をしている父親を任せられる介護サービスは他になく、母親の入院している間は社長夫妻が自分達で介護する以外に道はなくなった。

  • 「なぜ、父はホームヘルパーを嫌がるのか?」
  • 「父が望んでいる介護とはどのようなものなのか?」
  • 「なぜ、地域に父が喜ぶ介護サービスがないのか?」
  • 「介護する家族の悩みはどうすれば解決できるのか?」
  • 「こうした介護の現状に自分はどう向き合えばよいのか?」

社長と奥様は父親を介護して過ごした1週間、介護について様々な考えを巡らして過ごした。
1週間が経ち母親が退院したため、社長は仕事に戻ることができたが、この時から考え始めた医療介護についての思いは、ついに消えることはなく、どんどん大きくなっていくのだった。

もともとリラクセーションサロンの経営をするかデイサービスをするかを考え、リラクセーションサロンを開業していた社長。
その開業後しばらくしたタイミングで父親が倒れ、社長はさらに医療介護ビジネスへと歩んでいくことになる。
立ち上げたのは訪問看護ステーションだった。
超高齢社会の中で必要とされる事業であり、とても有意義な事業。そう感じた社長は自ら組織構築などに力を注ぎ、これらの事業を精力的に運営している。

訪問看護ステーションをオープンさせた時、社長は自身の父親にも訪問看護のサービスを受けさせた。
するとどうだろうか。父親の状態はこれまでよりも改善していった。
訪問看護を受けさせるまで、社長はまさか介護を受けている父親の状態が良くなるとは考えてもいなかった。介護を受け始めたら徐々に状態は悪くなる一方で、維持はできても改善は望めない。そう思っていたのだ。

ところが、看護師の訪問を受ける父親は、明らかに状態が良くなっていった。

当然、病気の前のように完全に回復はしない。それでも目に見えて父親は元気になっていた。
あれほどヘルパーを嫌がった父親は、今では朝早くから看護師が来るのを楽しみに待つまでになった。

父親の介護と訪問看護を直接目の当たりにして社長は思う。訪問看護ステーションは今、絶対に必要なサービスであると。そして、もっと早く訪問看護ステーションと出会いたかったと。
もし、父が倒れた時に訪問看護があったなら、介護する側としてはもっと安心できたろう。もっと早く父の喜ぶ顔を見られただろう。

父親が倒れた時も救急車が病院を探し30分も動けない状態。ベッド数が足りないのか医師が居ないのかは分からないが、在宅医療が増えれば病院のベッドにも空きが出るだろう。
現実には訪問看護ステーションはまだまだ足りておらず、必要とされている。だからこそ、社長は自分自身で訪問看護ステーションを立ち上げた。
世の中には、社長の父親のように状態が改善し、笑顔で訪問看護師を待ちわびることなく、望まぬ介護に身を委ねたまま亡くなる方がまだまだ多くいる。せめて自分の住む地域では、そうした方々に訪問看護を届けたい。社長はそんな強い想いをもって、立ち上げた訪問看護ステーションを大きく伸ばそうと努力を続けている。


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